「日時計考」について 1944年2月〜5月の中央気象台(現気象庁)発行の「天気と気候」に、正木任著の「日時計考(一〜三)」が掲載されています。
これには琉球における天文観測がまとめられており、面白そうなものを抜き出すと
  1. 首里城には漏刻門があり、晴天には日時計で、雨天には水時計で時刻を測り、太鼓を打って時刻を知らせた。これは1879年まで続いた。
  2. 日時計は季節によって影の長さが異なるのを、柱を建てた板を傾ける事により一定に保った。
  3. 石垣島における日月星辰の運行観測は、かなり古い時代から行われたが、明和8年旧3月10日の大津波(いわゆる明和の大津波)の時に流出し、その資料採訪が困難。
  4. 石垣島の星見石は日時計でもあった。
  5. 波照間ではムリカ星が日没より日の出までの間に観測できない季節、すなわち6月中旬頃の約20日間を「ユドン」(澱の意)という。梅雨の季節であり、石垣島では梅雨の事を「ユドン」という。
等があります。

他に中国の圭表・景符や、馬場信武の「初学天文指南鈔」も紹介されています。
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