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2003/08/21宮崎さんのお薦め
は不思議な道路わきの花壇...

宮崎駿氏のインタビュー本「風の帰る場所 - ナウシカから千尋までの軌跡」を読んだ。「ロッキンオン」の渋谷陽一が1990年から2001年の12年間にかけて宮崎駿に対して行った5回のインタビューの全記録である。本書の最初の二つのインタビューは「黒澤明・宮崎駿・北野武 - 日本の三人の演出家」にも収録されている。

その宮崎氏がお薦めのもの二つ:

movie:「ダーク・ブルー」
宮崎駿さんとスタジオジブリが薦めていたので観る気になった。いわゆる「戦争映画」である。
第二次大戦で自由のために国を逃れ、英国空軍に参加しドイツと戦ったチェコスロバキアの兵士達は、共産化した祖国に帰るとなんと強制収容所に送られてしまった。収容所で主人公のフランタという兵士が回想するかたちで物語が始まる。それはフランタと親友の兵士の愛と友情の物語だった。

この映画は、監督の父が、彼の父親世代になる実際の兵士たちへのインタビューから脚本を書き、それを息子の監督が映画化したものだそうだ。映画化されたのは2001年。戦争映画であるから当然空戦シーンがあるのだが、そのリアリティが抜群である。これに匹敵するのは「空軍大戦略」しか思い浮かばない。というよりも時を経て技術が進歩し、こちらの作品の方が「空軍大戦略」よりも上を行っていると思う。とにかく空撮が美しい。宮崎が「紅の豚」で描いたようなシーンが実写ですらすらと出てくる。
驚くべき(あるいは当然の)ことに、それらの特撮の殆んどは「実物」を使って行われている。特撮を最大限にリアルにするには実物を使え、ということだ。CGは煙の表現や、なんと「回想部分の記録映画」シーンの、その「記録映画」を作るために使われている。
飛行機もの好きの宮崎が、そういう単純な視点で薦めた映像作品という意味でも抜群のできである。押井守の「アヴァロン」を評し「ハインド一機飛ばして何喜んでるんだ」と言う宮崎の気分がわかる気がする。
主人公が体験したほとんどパラドキシカルな強制収容所の運命、という視点にも、宮崎がなんらかの意味を見出していたのか、そこはわからない。実際のところ、空撮の素晴しい映画という点では、強制収容所の現在から昔を振り返るという枠組は必要ないのだ。
がしかし、過酷な収容所を背景として描写し、その事自体にはなんら言及しない、という監督の態度は、そのような状況を以てしても主人公らの戦時の友情の気高さは曇らないのだ、という衿持を表現しているのかもしれない。
少なくとも空戦ものとしても、観ておくべき映画の一つ。

book:「わら一本の革命」福岡正信著
これも同じ本で彼が言及していたので読む気になった本である。著者は「自然農法」を推進して来たもと農業試験場の技士さんだそうである。
単純に言うと「なにもしない農業」を提唱し、実践している。春と秋に、鍬き返さない、まだ麦と稲が(それぞれ春秋に)生えている土に、籾団子や麦の種を捲き、その後に刈り取った麦や稲の藁をそのまま撒く。藁の下で保護された米籾や麦が発芽し育ち、収穫を迎える、という農法。雑草は撒いた藁でコントロールされ、撒いた藁と土中微生物で養分が生まれ、肥料は必要なく、田の鍬き返しも農薬も必要ない、ということだ。ようするに「何もしないでいるといちばんよい結果を生む」ということだ。彼はそのために「科学的知識」に強い反発をもつ。それは必要のないところに何かを行い、その結果必要性が生まれてその科学が必要になる、というようなことだ、と語る。分別知としての科学は必要なく、無分別の状態がよい、ということだ。
同様の思想で「食」についても語っている。
作者のいう根本的な無分別・無為の思想は非常に魅力あるものだが、長いこと科学の世界に身を置いて来た自分には、体内にある「科学的視点」という邪魔者を排除できない。その意味では根本的にこれを受け入れ兼ねているところがある。がしかし、思想としてこれに耳を傾け続けることは重要なことではないかと直観している。 季節感・旬のものの大切さに関しての記述もうまそうでうれしい。「そういえばそんな食もあったな」という気がする。

2003/08/15「パトレイバー2 the Movie」
は生け垣と半ば一体化してしまった古いバイク...

movie:「パトレイバー劇場版」押井守監督
..と書くべきなのかどうか。先日出張のために上京した。朝の飛行機で昼前に羽田につき、浜松町までモノレールに乗った。ぼんやりと海と運河の風景を眺めていると、突然それがパトレイバーの舞台に見えた。あれも東京湾岸のことであるから、イメージとしてはさほど間違ってはいないだろう。ああ、この橋のところにレイバーが現れて戦ったのだな、などと思い、その映像のリアリティを想う。

その映画はたぶん劇場版パトレイバーの第二作だと思う。初代パトレイバーは退役し、テレビ版の登場人物もそれぞれに別の部署に移っている。そこに突然のレイボーブリッジの爆破事件が起き、その背景は警察と自衛隊の権力闘争と絡んでいて云々、という話で、レイバー自体はほとんど出てこない。ストーリーは「終わったものは終わらせてしまう」といった感じでレイバーを扱い、ファンの期待に対して斜に構えた感じが押井らしい。

押井はここでは実写ではやれないことをリアルにやろうとしているようだった。CGでもなければレインボーブリッジの爆破はできないわけだが、仮にそのような実写プラスCGで爆破シーンを撮ったら、映画「ジュラシックパーク」と同じで、できあがった映像にリアリティは、始めから、ない。ところがそれをアニメで表現すると観客がそもそもアニメという枠組のなかでリアリティを捉えるので、実写よりももっとリアルに実現できるのだ。
その手法をもちいて、現代日本の不戦平和という現実の不思議なアンリアルさをついたところが、この映画の唯一の面白さ、ということかもしれない。

押井映画は私小説的だと前から感じていたが、それが今回ははっきりと見えた気がする。なぜなら東京で擬似戦争が起きる、という、スケール的には都市規模の映像表現の中にあって、彼の映画からはエキストラに相当する「その他大勢の人々」の気配がまったく感じられないのだ。都市にいる人々は主人公など数名の登場人物だけ、という感じ。ゲームソフト「絶体絶命都市」でももうすこし都市全般の人の雰囲気があった気がする。
それほどに主役以外のなにものの気配も感じられないところが、押井映画の私小説性であり、彼の表現の限界か、と思った。

2003/06/30ハンドクラフト
つい最近まで右のような表札をかけていた。
これは家を建てたときに現場に転がっていた廃材を私が彫刻刀で彫って作ったものである。当初は桐のような趣があったが、歳月が経ち、風雨に晒され、白ちゃけてしまっていたのにつれあいがなにやら絵の具でそれらしい色を塗っていたが、それも剥げ落ちてこんな状態になっていた。
相当に見場が悪いので「そろそろなんとかしないといけないな」と…

今回、最初は本体を外して型どりして、風雨でひび割れしないよう、同じ形の陶器にしようと考えた。しかし、型どりするには元の傷みがひど過ぎて修正も大変。それに陶器にすると焼いたときに一割は小さくなるので、実物大での型どりはあまり意味がない。

そこでまずデジカメで撮影し、PhotoShopで整形することにした。これならサイズを変えることも簡単。
ということで、撮影し、整形し、板に貼ってこれを削る。はデジタル整形後のプリントを板に貼り、これから彫りにかかるところ。この板もそこらへんに転がっていたものである。サイズは陶土の収縮を見込んで、完成の1.1倍の大きさにしてある。

板を削った後はこれを石膏で雌型にとり、それに平たく板状にした陶土(タタラ土)を押し込み、型どりをすることにした。メイクマンで石膏を、100均ショップで浅いバット状の容器とプラスチックのボビン(ミシンの糸巻)を買った。ボビンを改造して板が適切なすき間をもってバットに沈むようにな「足」とし、そこに板を載せて石膏を流し込んだ。(石膏の扱い方も知らないので、webをみたり本をみたりして、まるでクッキングレシピである。)
すると流し込んだ石膏液による浮力で板が浮いてしまう。「あたりまえじゃん」などと子どもに笑われながら、あたふたと板を石膏液にボビンの足の深さまで沈ませる。しかも石膏は溶かしたらすぐに作業しなくてはならないので時間との戦い。やれやれ。思った通りにはいかないもんだ…

うまく雌型が取れたのでタタラ土を押し込んで型どりし、その土を外し、別のタタラ土の部品と一緒に箱型に組み上げ、しばらく乾燥させてから知人の陶芸家のところで焼いてもらった。薄くマンガン釉がかかっているが、元の木の感じとそう違いがない。ちょっと見には気づかないかもしれない。
型どりや箱づくりのコツをいろいろと陶芸工房の方に教えていただきました。どうもありがとうございました。

後になって考えれば、どうせ紙に写しているなら、型どりなんかしないでそのまま陶土に彫り込めばいいのだ、ということになり、関係者一同で笑う。なまじ「元形」があるばっかりに「型を取る」というコンセプトから自分が抜け切れないでいるところが面白いところである。まあいろいろ工夫してやってる間が楽しいのだからそれはそれでいいのだが… :)
「型もの」で、スペアが作れるので全部で4個作ったら「家を4軒建てるのか?」と言われてしまった…
デジカメで写真を撮って作業を始めたのが4月半ば頃。デジタル整形し、板に彫り、石膏で型を取って土に写し、箱を組み上げて乾燥し、焼いてもらって完成したのはそれから2ヵ月後のこと。

初版 1996.08.18 久島昌弘
sheemer@opus.or.jp

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