研究によれば、この原稿の書かれたのは1863年頃と考えられる。だとすればそれは彼が一連の「空想科学小説」をものにする以前に書かれたことになるらしい。
内容は、彼が小説を書いた100年後、1963年のパリを題材にし、一人の詩人がパリを時間的・空間的にさまよう物語である。
1863年とは文久3年。日本ではまだ明治維新前。1866年にニューヨークで高架鉄道が建設され、1878年にエジソンらが白熱電球を発明している。
それに先立つこの時期に100年後のパリを、まさしく現代の都市の姿として描いているのに驚く。
さらに驚くのは、科学の進歩が人間社会に及ぼす影響である。科学・工業・金融のもたらす進歩が、人間性に与える変容をカリカチュアライズして描いてあるが、その本質はそのまま現代社会の問題をえぐっているように見える。
「書き手の数が読み手を上回る新聞」というくだりがあり、興味を引かれる。まるでこれは林立するweb pageのようにも読める。
作品は非常にペシミスティックな終わり方をしており、彼は現代(彼の未来?!)社会の問題の解決法をなんら提示していないが、原因を書いているのだから、解答は読者なりに見いだせるものと思う。少なくとも「態度」として。