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2006年09月12日

ダイアログ・イン・ザ・ダーク2006

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このイベントを知ったのはmixiの知人を通じてで、2004年のことだった。それから2年、ようやく参加のチャンスが訪れた。

会場では予定の20分前のチームに組み入れられた。8人で一グループとなる。薄暗い部屋に連れて行かれ、そこで白い杖を渡され、アテンドのスタッフに使い方を教えられる。先端から拳二つくらい下の部分を鉛筆のように持って、自分の前をsweepするように使うことで、自分の歩くところがどうなっているかがわかる、と。そして、心の準備をしてから、我々はアテンドに先導されて闇の中へ入っていった。
このイベントは闇を体験するイベントなのだ。真っ暗闇。そこを杖や視覚以外の自分の五感をたよりに進んでいく。そして我々を先導してくれる「アテンド」さんは、視覚障害者なのだ。

イベントの詳細に触れるのは「ネタバレ」的なので、行わないことにする。自分がそこで感じたことを書く。

闇に入ってほどなく、グループのメンバーは親密感、共同感をもつようになる。助け合うようになる。そうしないとうまく進めないのだ。我々のチームではさほどでもなかったと思うが、誰か「仕切り」をするリーダーが自然発生するのかもしれない。
現代の若者の「ノリ」を肌で感じた気がする。現場でさくっと関係性を作る。我々は一種「善意の集団」となって、その感覚を持続させていく。

暗闇だと、なにか音のする方に人は歩くようだ。そうしてグループが一まとまりになって進む。

そして音を聞く。近くの人の言葉や、環境からの音。においを嗅ぐ。空気のにおいや土のにおい。手触りを感じる。手すりの竹や、杖から伝わってくる床や地面の感触。手に触れる水や顔にかかる風の感触。最後には味を確かめることもできる。飲み物を飲むことができるが、その味は? 自分は何を飲んでいるのか?

闇から、少しだけ明るい世界にでてくる。そこでメンバーで語り合う。
暗闇で、私は視覚障害のありさまを、ごくわずかながら実感したのだ。もちろん日々自分の生活の問題として闇と向き合っている視覚障害者の方々の真の視点とは差があるのだと思う。まずはこれを楽しんでいるのだから。この世界は善意?で構成されていると言ってもよい。しかし世間の波はそういうわけではないのだから。

当たり前のことかもしれないが、他人との距離感のダイナミックな変化も感じた。暗闇の中、薄明のミーティングルーム、外の光の世界では、メンバー間の距離感も変わってくる。これは視覚の実験だけでなく人間関係の実験の意味もあるかもしれないと思った。災害時などの人間関係の変化もこれに似たようなものなのかもしれない。

会場を出ると、私は自然に外部の生の音を聴くようになったらしい。まずは、walkman(というかiPod)をイヤフォンで歩きながら聞かなくなった。身の回りの音を聞いていたい、と思ったのだ。それが自動車の騒音であれ、地下鉄のノイズであれ。エレクトロニックなサウンドへの、わずかな忌避感が生まれたかもしれない。

またガラスの向こうの音のない世界が変に感じる。レストランで食事をしながら、周りの会話のノイズは聞こえるのに、ガラス越しに見える木立のとてもきれいな景色から、風の音が聞こえてこない(木々は風に揺れているのに)。そのことがとても奇異に感じられた。

いつまでこの感覚が持続するのかはわからないが、バーチャルからはなれ、五感に戻っている、という実感がある
そして、直接感覚で感じたい、と思う。言葉をなくしてしまいたい。しかし我々は人間であり、そこにあるもの、感覚をすべて言語化するのが人間の性(さが)だ。頭の中が言葉に満ちている。

その状態から抜け出したい、と強く思う。直接感じるようになりたい、と思う。
Posted by sheemer at 09:39 PM →Mail Me smmini-183-01.jpg

2006年09月18日

「風神雷神図屏風」出光美術館

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どこかで目にした雷様の絵で「あああれだな」と思い、行くことにした。

会場の出光美術館は入り口付近がリニューアルして雰囲気が違っていて、ちょっと戸惑った。
中に入るとまず目につく俵屋宗達の「風神雷神図屏風」のところに人だかりができていた。やれやれ、他を見てから戻ってくるか、と先を見ると、そこにも「風神雷神図屏風」があった。そしてその向こう側にもあったのだ!

私はこの「風神雷神図屏風」に複数のバージョンがあることを全く知らなかった。まずは国宝となっている建仁寺所蔵、俵屋宗達の作になるもの、そしてほぼ100年後にその屏風を目にし、それを複製するようにして尾形光琳が描いたもの(国立博物館蔵)、さらにまた100年近く下った江戸末、酒井抱一がその光琳の作を見て描いたもの(出光美術館蔵)。これら三つの風神雷神図屏風が一堂に会するのは歴史上4度目、67年ぶりとのことである。

どれもそれぞれに特徴があるのだが、どれが一番好きかと問われれば、私は光琳作のものを選ぶ。若い時代に遊び人だった彼の「遊び」の心根がでているようで、とてもいい感じがするのだ。観ていると自然に笑いがこみあげてきてしまう。
宗達のものは、保存の状態が今ひとつで、輪郭がぼけてしまっている。これをくっきりと描き出したものを見たいと思った。多分我々が今見ているものとはだいぶ感じが違って見えるのではないかと思う。

それ以外にも、彼らの屏風が梅図や秋草、燕子花などの絵柄で分けられて展示されていたが、どれもすばらしいものだった。特に伝光琳作といわれる紅白梅図屏風(MOA美術館の国宝とは違う)の、デザインの遊びなどに、光琳らしい?、雰囲気を観ることができた。また酒井抱一の草花図(そのうち一つは彼が光琳の風神雷神図屏風の裏側に描いた秋草図の下絵に相当するものである。ちなみに風神雷神図屏風の裏に描かれたものは分割されて別の屏風になり、現在国立博物館で展示中とのこと)は、鈴木其一と並んで美しい。ものの形を正しく普通に描くだけでこれほど美しいのだ、と、先の伊藤若冲プライスコレクションの時に感じたことを、ここでも再確認することになった。

ここに3時間近くもいたのではないだろうか。幸せな気分で、ずっとここにいたいと思うくらいだった。
そのせいか?、スタッフに間違えられてしまった。外国人に間違えられるのはよくあるのだが、学芸員と思われたのは初めてのことであった。

お薦めの展覧会である。

2006年10月30日

「光悦と樂道入」樂美術館

樂三代目である道入(ノンコウ)と、彼と親交の深かった本阿弥光悦の作品の展覧であった。開催は樂美術館

本阿弥光悦が好きである。刀の目利きであり研ぎ師であり、日本三隻と呼ばれる能書家であり、江戸に来いという家康の招き(か命令か)をやんわりと断り、それにより洛北の荒れ地、鷹峯に住まうことを命じられた。彼はそこで仕事を続け、その余儀として茶碗を作った。それが型破り、掟破りの自由闊達さである。そこに惹かれる。

光悦はわずか五碗しかない国宝茶碗(うち3つは中国製の天目、残り二つのうちもう一方は利休所持の志野茶碗「卯花墻」)の一つ、「不二山」を作っている。以前それを観に上諏訪のサンリツ服部美術館へ行った。割れを大胆に金継ぎし、それがデザイン意匠にまで昇華している「雪峯」は畠山記念館で観た。「村雲」は、以前に樂美術館で観た。観たい観たいと思いながら果たせないでいた「乙御前(おとごぜ)」を、今回樂美術館で観ることができた。不定形でアバンギャルドな形。高台はほとんど接地していない。意外に小さい。

彼はとにかく、思い切りがいい。思った形のままに作り、それをどうせ思い通りにはならぬ火の気まぐれにまかせ、あがったものの善し悪しを、目利きの感性で取捨選択したのだろう。観ること、作ること、思い切ることなどが絶妙にバランスしている。陶工ではない、現代から見ればプロのアーティストだ。それを彼が意識していたかどうかは知らないが。

そして「雨雲」も観ることができた。これは「村雲」とペアのような茶碗である。これも意外に小さい。
実は「雨雲」には個人的な思い入れがある。考えてみれば、今回ここには雨雲と、乙御前を観に来たようなものだ。その目的は果たされた。ただじっと眺めて来た。

「京焼 - みやこの意匠と技 - 」京都国立博物館

「京焼 - みやこの意匠と技 - 」という展覧会を観て来た。開催は京都国立博物館

京焼を、私は必ずしも好きではないのだが、歴史を追って包括的に展示しているようだったので、知識の整理といった感じで観て来た。

ざくっと言ってしまえば、京焼は古いものを観ておけばよい、といった感じがした。つまるところ仁清と乾山である。江戸時代(の京都)の、粋とけれんをたっぷりと表現したクリエイティビティを感じる。仁清のほうがより絢爛としていて、乾山のほうは、より粋を感じる。遊び人の兄貴、光琳の影響かもしれない。(「お兄ちゃんもっとしっかりしてよ!」と諭したらしい。それで光琳は本気で絵を描き始めた。。)

残念なことに今物は、時代を下ってその粋やけれんが京都から失われて行くにつれて、突き抜けた美しさを失って行ったように見えた。

昔の日本人の美意識は西欧がなんじゃい、という、若冲を観たときと同じような感覚を持った。
(日本語になってないね、この一文は。。)

「昔の」だ。

「伴大納言絵巻展」出光美術館

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学生時代には日本史などあまり気にしたことがなかった。しかしこういうものを見ると、その周辺だけはリサーチして詳しくなるものである。

国宝「伴大納言絵巻(あるいは絵詞)」は866年に起きた応天門の変を題材とした絵巻物である。事件についてはwikipediaの関連項目にリンクしておく。

三巻ある絵巻は、会期中にそれぞれの巻のオリジナルと、複製が時期をずらして展観されることになっている。現在は下巻が展示され、それ以外は複製である(といっても、ガラス越しに見ている分にはオリジナルと見分けはつかない)。

私はモノキュラーを持って行ったが、正解だった。拡大するとそれぞれの人物の細かい表情がわかる。それがとてもビビッドなのだ。表情の雰囲気は少し鳥獣戯画図に似ているかもしれない。昔人たちの絵画センスの洗練がまざまざと表れている。細密な筆の運びで描き表された、様々に描き分けられた人物の表情がとても面白い。

前回の風神雷神図の時と同じく、今回の展観も啓蒙的な解説が詳しくなされており、とてもわかりやすい展観であった。お薦めである。

「楽茶碗 赤と黒の芸術」三井記念美術館

三井記念美術館一周年記念で開かれている展覧会である。初期の楽がまとまってみられそうなので行って来た。

よい展覧であった。行く価値があった。長次郎を中心とした初期楽のよいものがたくさん集まっていた。無一物も、大黒も、今回初めて観た。
それらの茶碗は、どれも、それぞれの形の中で、究極まで形を追求されていて、緊張感がある。極められている、という感じがする。造形の世界で形にどこまでもこだわるのはとても重要なことだと、再認識した。

そして村雲があった。つい昨日、樂美術館で雨雲を観たのだった。続けて観られるとは、なんと贅沢なことよ。
村雲は雨雲より少し大きい。そして雨雲よりカセて、わびた感じがする。
雨雲、村雲の好きな私は、会場のソファに座って、ずっと村雲を眺めていた。

次はまたいつ目にできるやら。しばしの別れ。。

「衣裳・小道具で見る歌舞伎展」日本橋三越

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日本橋三越新館7Fで開催されいる。

展示されている衣裳はどれもみなきらびやかで、とても面白い。江戸の粋が表現されていると思う。
これらは衣裳であって、普通の着物ではない。舞台のための道具だ。だからあちこちこすれていたり、しかけがしてあったりするが、それもまた面白い。道具として経て来た苦労の歴史や、それを繕い、補修し、道具として完動させる裏方の工夫や着想がいろいろとみえて感心した。

伝統文化を支える舞台テクノロジーと心意気を見た気がした。面白い展観である。

2006年11月26日

「江戸の誘惑 - ボストン美術館蔵肉筆浮世絵」江戸東京博物館

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江戸東京博物館で行われていた展覧会を観てきた。ボストン美術館蔵で発掘された肉筆浮世絵700点のうち80点の展覧会。

どれも美しいが、北斎は明らかに異能の人だ、ということがわかった。一番の好みとなった。

いわゆる春画が2点、展覧されていた。春画というと性交の描写、と思われがちだが、会場にあったものは男性が女性を膝にのせるようにしていて、女性の裾が少しだけ割れていて太ももから膝がわずかに覗いている。一方の絵ではその裾に男性の手がかかって…というほどのもので、なかなかに風情のある物だった。ただし巻物となった一方の作品では、巻かれた部分の次の絵の女性の顔が見えていて、目を閉じて恍惚とした雰囲気だった。そこから先は…
とにかく展示されていた二作は、セクシーでいい感じだった。

また見立画の文字の書き方が面白かった。

北斎の鏡面美人図のはがきを買った。最近の出光美術館の展覧の演出を見ているので、それに比べれば解説が平板だが、出ているものはどれもよいものだった。

2007年03月13日

香川県立東山魁夷せとうち美術館

一気呵成シリーズ:
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香川坂出への旅程の空き時間に訪問した。
香川県立東山魁夷せとうち美術館は、画家の祖父の出身地というゆかりのもと、寄贈された作品を中心に展覧する美術館である。今回訪れた時は、北欧旅行後のリトグラフ作品が中心の展示となっていた。

北欧デンマークなどのスケッチ旅行を元に制作された作品群は、メルヘンの世界そのもののイメージだった。子供の頃の記憶に残る、童話の世界がそこにあった。あこがれや、行ったこともない世界への思い出を感じる。
自分でも描いてみたい、と思わせるような親密さがあった。見てすぐなにかを試してみる心の身軽さが欲しいと思った。

2007年03月14日

中津万象園・丸亀美術館

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中津万象園は第二代丸亀藩主京極高豊が作った庭で、先祖の地・近江の琵琶湖をかたどった八景池を中心とした回遊式庭園である。樹齢600年といわれる大傘松もある。
ここにはまた丸亀美術館があり、三つに別れている。

オリエント陶磁館は、オリエント時代の、かの地の陶磁製品をあつめたものである。とても美しいペルシャ釉の、青い壺などをみることができる。私はここで初めて、ラスター釉の美しい金色の発色をした器をみた。金色の中に白抜きのアラビア文字が並んでいる。

ひいな館は、各地核時代の雛に関連したものが集められている。

絵画館は、バルビゾン派のいくつかの作家の作品と、土牛(奥村土牛? 失念)のスケッチが収蔵されている。
このバルビゾン派の絵画には、小品だがなかなか美しいものがいくつかあった。
なかでも私の心を捉えたのはイポリット・カミーユ・デルピーの「花畑」だった。財力があるわけでもないのに、久しぶりに「欲しい」と思った絵だ。
横長の大作で、文字通りの「牧歌的」なフランスの田舎の花畑の風景で、印象派絵画にも感じるような、仮想的な(行ったことがあるわけではない)郷愁やなつかしさを感じる。
思い出すよすがにと絵はがきを買った

この庭は本当によく手入れが行き届いている。私設らしいが、大変なことだと思う。香川を訪れることがあれば、いちどごらんあれ。

2007年03月17日

「松田権六展」国立近代美術館工芸館

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知人に紹介された。全く未知のものであったが、いってみると素晴らしい展観であった。知人に感謝。

漆工芸である。輪島塗を基本とするが、それにとどまらずさまざまな技法が試されている。歴史に裏打ちされた技術の確かさと、それを活かした現代性が調和していて、とても自然で美しいものだった。

最終日とのことでとても混んでいた。どうして観て回ろうかと途方にくれたのだが、結局のところは人についてゆっくり歩くのが一番だとわかった。急がば回れ…

「志野と織部—風流なるうつわ—」出光美術館

一気呵成シリーズ:

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出光美術館の最近の展観は構成が非常によいと思う。いつごろからか? たぶん風神雷神図屏風のあたりからではなかったかと思うが、展示のテーマやポイントの提示が非常に分かりやすい。図録もそれに符合していて、トータルなプレゼンテーションのしかたがよいと思う。
今回の志野と織部の展示もそのようなものであった。

志野も織部も、笑ってしまうくらいたくさんの作品が展示されていた。どうやって全部見ればいいんだ、という感じである。
志野は卯花墻をはじめとした名品がかなり集まっていた。風雅なデザインと図像が美しい。
織部はばさら、カブキの雰囲気がたっぷりと感じられるものがたくさんでていた。きわめて短い期間にでたものとのことで、ある時代に突然このようなものがうまれ、輝いて消えていったことはとても不思議に感じられる。あの図像はどうしてうまれたものか、それも興味深く、面白い。

結局そういうところから日本画の図像学に興味をもち、なにか適当な読書の対象はないかと探したところ、それらしいものが一つ見つかった。しかし1万円以上もする本なので、どうしようかと考えた末、近くの図書館を検索したところ、沖縄国際大学図書館にあることがわかった。ここは一般者も閲覧できるようなので、ちかぢか行ってこようと思っている。

「アルフレッド・ウォリス展」東京都庭園美術館

一気呵成シリーズ:

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アルフレッド・ウォリスはセント・アイヴス(コーンウォール、イギリス)に住んだ船乗りである。彼は70歳を過ぎてから船と自らの住む町をテーマにした絵を描き始めた。それが偶然アートキュレイターの目にとまり、発見された画家である。

その絵のスタイルはプリミティブかつシンプルで、見ようによっては稚拙であるが、独自のテイストを持ち、それにより彼は紛れもない絵描きである。ダークカラーを基調に、ただ描く男。板に、紙に、箱に、壺に、あらゆるものに描いた。彼がなんのためにそうして絵を描いたのかもよくはわからない。

直接には一度も会ったことのないパトロンができ、作品と手紙のやり取りを長い間続けた。そのパトロンは、最終的には自宅と彼の作品をそのままケンブリッジ大学に寄贈し、それがウォリスのコレクションの美術館になっている。

彼の墓石はバーナード・リーチの陶板でできている。かれは一人のクリエイターとして敬意を払われているのだ。
独自の、オリジナルのなにかを持ち、語るものがあれば、ちゃんとその存在価値を認められるのだ。

谷中・朝倉彫塑館

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朝倉彫塑館は谷中にある。日暮里駅が一番近いようだ。

ここは、一言で言うととっても変わった建物だ。そして魅力的だ。何人かの知人に紹介されたので行ってきた。

この日はけっこう雨風の強い日だった。すこしこごえながら日暮里駅から歩いた。曲がる場所がわからずに、ちょっとさきのどらやきの店で道を尋ねた。このあたりはいわゆる「谷中せんべい」の店?らしいのがたくさんあった。(でも買わず。)

彫塑館に入り、荷物を預けて中に入った。まずは高い天井(というより2階まで吹き抜けている)のアトリエに出る。「墓守り」を始めとする代表作のブロンズ像が並んでいる。一部の床は実はリフトになっていて、床の隙間から地下の明かりが漏れでている。

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アトリエ横の図書室に入ると、さらに嬉しくなってしまった。壁一面の、2階の高さまでの本棚に、クラシックな装幀の本がぎっしりとつまっている。上の本を取るには梯子がいる。とてもノスタルジックな、懐かしい風景だった。

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コンクリート作りのアトリエは、純和風の母屋に接続しており、そこには大きな石のある池と、円をテーマとした2階建ての和室空間が集まっている。

木の枝が、撓められたまま階段の手すりの縁になっていたりする。とにかくそのエキセントリックさは尋常でない。大胆である。
不思議な世界で、ここにはどんな住まいかたがあったのか、と興味が尽きない。

2007年03月18日

「鏑木清方と金鈴社の仲間たち」講談社野間記念館

講談社野間記念館は目白通りにある。このあたりは以前に来たことがあって、永青文庫に行くのに早稲田あたりからアクセスしたと思うが、神田川を北に渡って、かなり「胸突き八丁」な坂を登ることになった。その思い出があるので、今回はもっと楽そうなルートを取ることにした。

目白駅から「白61」の都バスで新宿駅方面行きを探す。読み方も知らないので「つばき山荘とおりますか?」などと聞いて乗る。正しい読み名は「ちんざんそう」だとバスのテープ案内でわかる…
その椿山荘前で降りる。バス停を渡るとそこが椿山荘なのだが、さて、野間記念館はいったいどこだ?
普段は間違いなく事前に地図を頭に入れておくのだが、なぜか今回は「つばきさんそうのバス停」しか頭に入っていない。i-modeで地図を見直して「一つ前の目白台三丁目で降りた方がよかったのか?」などと思いながら歩きながら戻ろうとしたら、椿山荘の隣が野間記念館だった…
それにしても知らない時は気づかないもの。永青文庫の帰りに、あの坂にへきえきして、帰りは目白通り方面に出たと記憶している。地図で見るとそこは野間記念館の壁沿いの道である…

講談社野間記念館では「鏑木清方と金鈴社の仲間たち」が行われていた。鏑木らが一時立ち上げた金鈴社という日本画家集団のメンバーの作品が展観されていた。

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私の好みは鏑木清方で、そのことがこの展観でまた確認された。一番の好みだ。
すこし婀娜っぽい、流し目のような目線で、歳にかかわらない一種の色気のある女性たち。特徴のあるおちょぼ口。日本画でありながら浮世絵的な雰囲気もある。

近代以降の日本画を見ていていつも思うのは、写実性と様式性の間にある問題だ。近代以降の日本画はそこのところで揺れている。揺れながらどっちつかずになっており、その中途半端は面白くない。どっちかに割り切ってしまえばいいのに、と思う。

草花図などでそれは顕著で、江戸に勝るものはない。写実が及ばない様式美がある。酒井抱一や鈴木其一などの素晴らしさを思い出す。

別室で「誌上の光影〜須藤しげると加藤まさお」という展観も行われていた。これは昭和初期ころの「少年倶楽部」などの雑誌のイラスト原画で、そのうちのいくつかは驚くほどに現代的なのに感心した。加藤まさおの「われは海の子」などは「アニメージュ」の表紙になっていても全然不思議がない感じがした。子供の頃を思い出すとともに、現在の外の世界ともそれはつながっていた。

ここは休憩室から外の庭にでることができる。街中かと疑うくらいの静かな庭で、風に竹がさらさらとなり、モクレンの木が盛大に花を散らしていた。武蔵野あたりの雰囲気もこのようなものであろうか。少し寒かったが静かな時間を楽しむことができた。

帰りはまたおとなしく目白方面に戻った。

「異邦人(エトランジェ)たちのパリ 1900 - 2005」国立新美術館

一気呵成シリーズ:

国立新美術館に初めて行った。(しかし「新」なんて名前に入れちゃって大丈夫なんだろうか…)
乃木坂駅から直結しているが、出たところのチケットビューローでチケットを買うのだが、中の状態がわからないので、「さあ、どこに行きたいの?」と言われてちょっと迷う。選ぶところでもう少し中のことがわかるようにしておいて欲しいと思う。
そこは美術館の北西の角に当たるところで、南西角の入り口までは吹きっさらしをビルの一壁分歩く。やれやれ。
まあとにかく、でかい。入ったところに、とても小さなコインロッカーがある。ロッカーの数は少ない。ほとんどはふさがっている感じ。「正面入口」と言われているのは南東の角で、そちらにはもっと充実した施設があるのだろうか。(美術館のサイトマップをみても、フロアプランや内部図がない…)

中は会議場かコンベンションセンターのようで、なにやらショッピングモール的でもある。外観や構造体から発せられるオーラは威圧的だ。館内のサインは不親切。エレベーターの押しボタンにも矢印はついていない。「上についているボタンが上向き」というメッセージを発していることになるらしい。

ポンピドーセンターの所蔵品から、異邦人の作品をあつめた展覧会が行われていた。藤田嗣治、モディリアーニ、ピカソ、シャガールなどなど。
藤田の猫はあいかわらず猫である。ピカソの赤い人を初めてみたが、顔の表情に強く惹かれる。
シャガールがただのヘタ絵でない理由がわかったような気がした。確固とした表現への意思があるのだ。それが本質的に芸術家が持つべきたった一つのものかもしれない。表現せずにはいられないきもち。(千住さんも似たようなことを言ってたっけかな。「絵がなくては生きていけない」)
名前を忘れてしまった、収容所で死んだ画家の絵があった。きれいなカラーコンポジションだった。かれは「退廃画家」と呼ばれ、捉えられ殺されたのだ。その運命と、今ここにある美しさの対比が強烈だった。側を離れられない絵。磁力があった。

美術館を出たが、ここは地下鉄方面からは、地下鉄構内にしか抜けられないらしい。やれやれ。一度構内を抜け、反対側にでてから学術会議のところを回って六本木トンネルを抜けてからヒルズへ出た。
 ちょっと見たい写真展があったが、くたびれ果てていて、なぜかそれ以上の意欲がわかず、そのまま日比谷線に乗った。あの写真はまたあとで見られるはず。

2007年04月08日

「生誕100年記念 ダリ展 創造する多面体」サントリーミュージアム天保山

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旅の行程の途中にサントリー<ミュージアム天保山があったので寄ってきた。

ダリの初期から晩年までの作品を、多彩な活動をたどりながら紹介する展覧会であった。14歳で本格的に絵を描き始めたというが、その若く「しおらしい」時代から晩年の作品まで、どれもがみなくっきりとしていた。本物はぶれない、という感じで、そこに強く惹かれる。
ヨーロッパの古典的な絵画技術を継承しながら、彼独自の革新的な世界の見方が表現されていた。

あるはずがない、しかしどこか記憶にあるような、なつかしいような、そこへ行ってみたいような世界。キリコの絵よりもうすこし親密な感じがする。

彼はとても感覚が鋭く、世界が視覚的に常人とは別に見えていた?、ともいわれるが、そこのところは憶測でしかない。
しかし彼にとって、あの絵の世界が必然であって、装飾の過剰ではないことはわかる気がする。クリシェとしての装飾を付け加えている暇はなかったのだろう。

福岡市美術館に彼の大作があり、かの地を訪れるといつも観ているのだが、茫洋とした水平線までのぼんやりと明るい世界は、たぶん彼の生地ないしは生活地のの風景だろうと考えていたが、今回の展示にあったビデオを見ると、たしかに彼の生活圏には、彼の絵のモチーフが数多くあるように見受けられた。

それにしてもチュッパチャプスの包装紙のロゴが彼のデザインになるとは知らなかった。

よい展観である。お薦めする。

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