一気呵成過去メモシリーズ:昨年10月頃に仕事で京都に行った。そのとき現代の京都について思った。
現代の住む京都・暮らす京都とはどんなものなのだろうか。歩きながら「podcasting京都」を聞いていて浮かんだアイデアだ。
podcasting京都は、京都の日常行事を紹介するpodcastだ。そこには普通の現代の生活としての京都住まいの雰囲気が表れている。
京都の人たちは、紛れ込み、割り込んでくる観光客をうまくあしらい、またビジネスにしているだろう。その中で本当は文化はどこにあるのか?、と考えた。
それはどうやら日々の習慣の中、日々の行事の中にあるらしい。
それらのしきたりを続けること。daily work, daily taskとしておこなうこと。Dailyそのものの中に文化はあるのだ。
日常的に文化に親しみ、自分のものとして実践することで、それにリアルに近づくことができる。べつにこれは京都についてのこととは限らない。文化は沖縄にもある。がしかし、ここではOutsiderである自分はどこからここの文化の一員となれるのか? アウトサイダーの私は、ここでは文化的根無し草なのではないか。
デラシネである自分は「直観する力」でリアルさにより近づきたいと思っている。自分の外のものを自分の内のものとする想像力が重要だ。そうすることによって、私は正しく回りの文化を自分独自のものにしているか?