講談社野間記念館は目白通りにある。このあたりは以前に来たことがあって、永青文庫に行くのに早稲田あたりからアクセスしたと思うが、神田川を北に渡って、かなり「胸突き八丁」な坂を登ることになった。その思い出があるので、今回はもっと楽そうなルートを取ることにした。
目白駅から「白61」の都バスで新宿駅方面行きを探す。読み方も知らないので「つばき山荘とおりますか?」などと聞いて乗る。正しい読み名は「ちんざんそう」だとバスのテープ案内でわかる…
その椿山荘前で降りる。バス停を渡るとそこが椿山荘なのだが、さて、野間記念館はいったいどこだ?
普段は間違いなく事前に地図を頭に入れておくのだが、なぜか今回は「つばきさんそうのバス停」しか頭に入っていない。i-modeで地図を見直して「一つ前の目白台三丁目で降りた方がよかったのか?」などと思いながら歩きながら戻ろうとしたら、椿山荘の隣が野間記念館だった…
それにしても知らない時は気づかないもの。永青文庫の帰りに、あの坂にへきえきして、帰りは目白通り方面に出たと記憶している。地図で見るとそこは野間記念館の壁沿いの道である…
講談社野間記念館では「鏑木清方と金鈴社の仲間たち」が行われていた。鏑木らが一時立ち上げた金鈴社という日本画家集団のメンバーの作品が展観されていた。
私の好みは鏑木清方で、そのことがこの展観でまた確認された。一番の好みだ。
すこし婀娜っぽい、流し目のような目線で、歳にかかわらない一種の色気のある女性たち。特徴のあるおちょぼ口。日本画でありながら浮世絵的な雰囲気もある。
近代以降の日本画を見ていていつも思うのは、写実性と様式性の間にある問題だ。近代以降の日本画はそこのところで揺れている。揺れながらどっちつかずになっており、その中途半端は面白くない。どっちかに割り切ってしまえばいいのに、と思う。
草花図などでそれは顕著で、江戸に勝るものはない。写実が及ばない様式美がある。酒井抱一や鈴木其一などの素晴らしさを思い出す。
別室で「誌上の光影〜須藤しげると加藤まさお」という展観も行われていた。これは昭和初期ころの「少年倶楽部」などの雑誌のイラスト原画で、そのうちのいくつかは驚くほどに現代的なのに感心した。加藤まさおの「われは海の子」などは「アニメージュ」の表紙になっていても全然不思議がない感じがした。子供の頃を思い出すとともに、現在の外の世界ともそれはつながっていた。
ここは休憩室から外の庭にでることができる。街中かと疑うくらいの静かな庭で、風に竹がさらさらとなり、モクレンの木が盛大に花を散らしていた。武蔵野あたりの雰囲気もこのようなものであろうか。少し寒かったが静かな時間を楽しむことができた。
帰りはまたおとなしく目白方面に戻った。
