Moleskineとダヴィンチの手帳
しばらく前からMoleskineの手帳を使うようになった。PCを使うようになってから、ほとんどすべてのものはまっすぐにPCのテキストエディタに書き込んでいたが、書く前に考える時には、やはり紙は必要だ、という再認識がある。それで再び紙に戻っている。
あらゆるものを書き、あらゆるものを貼付けるのだが、こうして見ていると昔を思い出した。というのも高校時代に、教科書にあった梅棹忠夫の「レオナルド・ダ・ビンチの手帳」というエッセイを読み、すっかり感化されてしまってあらゆるものを一冊の手帳に書いていた時期がある。背表紙の固い、方眼用紙の、単行本くらいの大きさの手帳だった。元は何の目的で作られたものなのかはよくわからないが、デザインに関係したものかもしれない。(もうどこにも見当たらない。)
思い出してみるとそれはほとんどMoleskineと同じ要素でできていたのだ。
ふと振り返って今Moleskineでやっていることをみると、昔のこれととてもよく似ているのだった。昔と違うのは、細かいメモでなく、サマライズされたものだったり、それ以前のマインドマップ状態のものだったりするが、いずれにせよページの頭にタイトルがある、一まとまりの書き物になっていることくらいか。
細かいメモは、別にポケットサイズのMoleskineの手帳に書くようにしているからだろう。こちらはつい最近、Rhodiaのメモパッドに移行した。(#11)
