1・はじめに・・

「亜熱帯の森」と「サンゴ礁の海」を守るために

沖縄の自然は、
 
●亜熱帯の森
 
●サンゴ礁の海
という二つの際立った個性を持っている。小さな島々で、大きな川はなく、生活の水を得ることに家庭では庭の木の雨水を木の幹から水がめに溜めたり、畑にため池を掘るなど様々な工夫をしてきた。

現在はヤンバルの「亜熱帯の森」にダムが築かれ、島の人々の水ガメとなっているが、ヤンバルの亜熱帯の森の恩恵も忘れているようにみえる。

また小さな島々を取り囲む、広くて穏やかなサンゴ礁。そのおかげで島の人々は生きてきた。サンゴ礁の海は、貝や魚を恵む牧場であり、海草を恵む海の畑でもある。

亜熱帯の森の新緑 (C)Kobasigawa Tomoo (C)Kobasigawa Tomoo

いま、「亜熱帯の森」と「サンゴ礁の海」を脅かす日米両政府の巨大プロジェクト、米軍基地建設計画が押し付けられている。

 ●名護市辺野古での海上基地建設 計画
 
●東村高江でのヘリパッド建設計画
この二つの計画をやめさせること。子孫から預かっている沖縄の自然を、子孫に無傷のまま引き渡すこと。これが今の沖縄の大きな課題である。

この二つの計画は、沖縄の人々の基地負担の軽減ではなく、米軍の基地機能の強化のために立案されたものである。このことを私のブログhttp://blogs.yahoo.co.jp/okinawa_maxi で折に触れて書き記してきたが、記事が何処にあるのか、ブログでは分かりにくいので、HPにまとめることにした。

辺野古と高江に米軍基地を作らせないという住民に正義があるのか、日米両政府に正義があるのか、考える材料にしていただきたいと思います。




●名護市民投票への道

辺野古と高江に米軍基地を作らせないという住民に正義があるのか、日米両政府に正義があるのか、考える材料に、と記したが、ここで名護市における「海上基地の是非を問う市民投票」を振り返っておこう。
1996年12月2日 普天間の返還を日米間で合意したが、沖縄島の東海岸への移設条件付であった。
これに対し、比嘉鉄也名護市長(当時)も不満を訴えたが、建設業界や財界が条件付誘致を打ち出す中で、受け入れに姿勢を変えていった。
1997年6月6日 名護市民は「ヘリポート基地建設の是非を問う名護市民投票推進協議会」を結成して住民投票に向けて活動を始めた。

●市民投票に日本政府が介入した!!

最初の介入が、防衛庁長官が「賛成票獲得に協力を」と沖縄駐留の自衛官ら5500人に文書で要請したのだった。
第二の介入が、那覇防衛施設局の全職員440人の内、200人を名護市内に宿泊させ、「海上基地は安全だ」、「振興策につながる」とのパンフレットを名護市内の全戸に配布させたのだ。

このような名護市民の自治への介入をしてまで、日本政府は海上基地建設への大多数の市民から賛同を得ようとしたのであった。

であれば、名護市民の意思を尊重して、辺野古海上基地の建設計画から、潔く手を引くべきである。


●名護市民投票の勝利
1997年12月21日の市民投票の結果は、

投票総数 31,477(82.45%)
反対     16,254(52%)
条件付反対    385( 1%)
賛成         2,562( 8%)
条件付賛成 11,706(37%)
無効  571( 2%)




結果の内、条件付賛成とは、「環境対策や経済効果が期待できるので賛成」という内容なので、反対52%、新たな基地建設に(無条件に)賛成した方々は8%という市民の意思が表明されたでのあった。

●辺野古・非暴力直接行動の勝利

しかし、日米両政府は、名護市民の意思を無視して、移設計画を進めてきた。

いま、名護市の東海岸にある辺野古(へのこ)では、2004年4月19日未明に那覇防衛施設局が海底の地質を調べるボーリング調査に現れて以来、漁港の近くでテント村を構えている。

このボーリング調査は、環境影響評価法に基づいて、調査の方法や手法などについて手続きを経て行うべきだ、と私たちは主張してきた。国の出先機関である那覇防衛施設局は私たちの主張に耳を貸さず、辺野古海上での調査を強行してきた。「国が法律を犯して調査を強行するのであれば、住民は非暴力直接行動で国の違法行為を止める権利がある」との立場を貫き、04年9月9日から始まった海上での調査には、陸上での座り込み、小型船での調査阻止行動に加えて、10艘ほどのカヌーや素もぐりで対抗した。

ボーリングのために鉄パイプで組み立てられてしまったやぐらにも、阻止団が座り込んで作業を拒んだ。辺野古周辺の漁民も続々と海上での阻止行動に加わり、沖縄内外の老若男女が海上での阻止行動に出た。作家の灰谷健次郎さん(
006年11月3日没)も辺野古の海上阻止行動に愛船ナイワイ7世号を提供した。

2005年9月日、那覇防衛施設局は「台風対策」と称して単管やぐらを撤去した。世論の大きな後押しのもとで海底に一本の穴も掘らせなかった。「抗議行動をするのではない。阻止行動をするのだ」という阻止団の働きの成果である。



単管ヤグラを撤去させてもなお、日本政府は辺野古での海上基地建設を狙っている。
そして東村高江にもヘリパッド建設を強行している。
それは何故?
その疑問に答えるためにサイトを立ち上げました。

沖縄の、亜熱帯の森サンゴ礁の海を守るため・・・


●辺野古・高江、非暴力直接行動の今

2007年5月18日未明、那覇防衛施設局は、本来ならば環境アセスメント法による手続を済ませて行うべき「環境調査」を、
自主的に行う「環境現況調査」と称して調査機器を辺野古の海に設置する作業を始めた。海上自衛隊も動員し、掃海母艦「ぶんご」も投入してのことであった。政府の違法に、住民はゴムボート、カヌーで対抗し、今もその阻止行動は続いている。

7月3日未明、那覇防衛施設局は、高江にはヘリパッドを作るための作業が強行され、同時に辺野古の調査機器設置も強行した。住民の非暴力直接行動は続いている。「亜熱帯の森」と「サンゴ礁の海」を守るために・・・・命は世界につながっている。

辺野古での阻止行動・高江の座り込みの日々の活動は下記からどうぞ。
あなたの参加を待っています。


     ●辺野古からの緊急情報 (随時更新)http://henoko.jp/info/
     ●緊急情報(携帯版)http://henoko.jp/infom/
     ●基地建設阻止 (毎日更新)http://henoko.jp/fromhenoko/

      ●高江の日々の動きについてはhttp://takae.ti-da.net/

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